メンタルヘルス

どんな境遇でも生き抜くために


  • 【トラウマは両親そのもの】呪いをかけ、鎖をつけて、いつまでも付き纏う存在
    両親と暮らした幼少期〜学生時代に出来上がった価値観はあまりにも歪んでいます。さらには2人の存在自体がトラウマとなり距離を置いた今でも足音やエンジン音・などの記憶が蘇りビクビクする日々を送っています。そんなトラウマを克服し解放されて生きるために闘うことにした話。
  • 【ASD】引きこもる理由は発達障害に隠されていた〜28歳で自覚した自身の特性〜
    就職→転職→結婚...多くのライフイベントを経験してきた私にはある共通点が。それは”引きこもり”。約7年もの間、自宅から徒歩30秒のコンビニ以外出ることが困難な生活。どうして引きこもるのか?発達障害(ASD)に隠されているなんて思いもしませんでした。
  • ASD妻を持つ旦那は悩みが絶えない!実際に起きたトラブル内容と原因は?
    結婚して直面したのは何を考えているか分からない!妻がASDを抱えていることで起こるトラブルは本当にカオス。お互いに「どうして?」が止まらない2人の日常から発達障害を抱える人と上手くやっていくための方法を考えることに。実際に起きたトラブルを元に書いています。
  • 【毒親】被害者ぶる母は、いつも私を加害者に仕立て上げてくる。
    毒親のもとで育った私にはある疑問がありました。どうして私の親は被害者ぶるのだろう?その理由を知るために観察してるとあることに気づきます。母も人間であり、心が弱い部分を持ち合わせ、どうにか満たすために手段を選ばなかった結果「毒親になった」のだと。
  • ASD主婦の抱える課題は?「特に何もないけど疲れるのがしんどい」
    23歳の時にASDと告げられた私。28歳となった今、発達障害ならではの疲れやすさを痛感し悩んでいます。日々の生活を送る上で避けて通れないことばかり。実際にどんな場面が疲れに繋がるのか?どうして疲れが大きくなりやすいのか?本人が経験談を交えながら紹介しています。
  • 私の人生を決めつける父。進路を選ぶ権利なんてなかった頃の話
    成績トップであることを求められた学生時代。国立大学への推薦枠が取れたことを報告したら「小賢しい・邪魔くさい」と吐き捨てられたのはなぜ?それは、父が欲しかったのは頭のいい娘ではなく”都合のいい娘”だから。父の物差しで生きるのはやめようと思った日の話
  • 『これが私の犬を飼う理由』〜飼い始めて身についた習慣編〜
    犬を飼い始めて約5ヶ月。まだまだ短い期間ですが、私の習慣を大きく変えてくれ始めています。今の私なら犬を飼う最大の理由として「心身ともに健康へと導いてくれるきっかけをくれるから」だと答えます。どうしてそのように感じるようになったのか実体験をもとにお話します。
  • 【摂食障害】「まるで食べ物依存症」過食嘔吐は簡単には治らなかった。
    「痩せたいから吐く?」そうではありませんでした。吐くために食べているという表現の方が適切な過食嘔吐。自身が患ったことで痛感しましたが、まるで食べ物依存症のような病気でした。どうしてそう思うのか?何が原因で起こるのか?について当事者が考えました。
  • 『ストレス発散の手段は過食嘔吐だけ』|だから今日も食べて吐く。
    この方法が間違っていると分かっていながらもしてしまう”過食嘔吐”。私にとっての最高に効果的なストレス解消法が過食嘔吐となって早7年。簡単に止めることはできないのには理由があります。ただ痩せたいからじゃない、この方法しか知らないことが本当の問題でした。
  • いつか死にたくなくなるその日まで、私は生きることにした。
    毒親のもとで育ってきた私には20代前半から希死念慮がありました。早く人生を終わらせたいと思いながら生きる日々は苦しくて...どうしてそんなことを思うのか?どうしたらその気持ちが消えるのか?希死念慮が消えた先に感じることは?当事者だから話せる内容です。
  • 毒親のしがらみから抜け出すためには自立と覚悟と諦めを。
    25歳の時に訪れた転機、毒親のしがらみに苦しみ抜け出せずにいた私にターニングポイントがやってきます。切っても切れないと諦めかけていた毒親との関係。完全に断ち切るために実際にやったこと大きく7つ!必要だったのは「自分の人生を大事にすること」です。
  • 「この世に未練なんてない」生きることを辞めたかった頃の話
    22歳ごろから感じるようになった希死念慮。簡単に消えることはなく、その気持ちを抱えながら生きるというのは本当に辛い日々でした。当事者だから分かるようになったリアルな心情。当時のことを冷静に・俯瞰的に語れるようになったのでブログで話しています。
  • 私の母には毒がある。ほらね、今日は「親を辞める」とか言い出した。
    目覚めたときに入っていたのは最悪なLINE「親代わりを申し立てます」「これからは過去を忘れて各自で生きていきましょう」...何を言い出したんだ。問題の把握すらできない母親とまともに話すのは疲弊する。どっちが狂ってるんだか分からなくなった日の話
  • 私の両親が持っていたのは”心を奪う”という猛毒だった。
    もし毒親だとするならば私の両親はどんな毒を持っていたのだろう。疑問に思った私は真剣に考えてみることに。奪われたのは私の意思でした。社会を生き抜くために大切なスキルが身についてない私は悩みもがくことに。ただ絶対に生き抜いてやるという意思だけを頼りに歩き続けました。
  • 【文章完成法SCT】自分の価値観や傾向がこんなにも見えるとは...!
    CEOの挨拶 先日、通院してる精神科にて心理検査を受けました。その時のテストが超・印象的!価値観・傾向・捉え方...など「自分」がはっきりと見えてきて面白かったです。 実際の問題と私の回答を見ながら文 ...
  • 人生で唯一の詐欺...犯人は父親|〜奨学金を騙し取っていた私の毒親〜
    CEOの挨拶 私の両親は、最近の言葉でいう「毒親」になります。それでも私にとっては、たった2人の実の両親です。 家族関係があるからこそ、複雑で根深い問題に発展しやすいんですよね。「一生逃れることができ ...
  • 祖父がついた最低な嘘〜自分の家族に味方はいないかもしれないと思った日〜
    自分の親が毒親だなんて信じたくありませんでした。それは自分の辛い現実を真正面から受け止める力がないといけないから。だけど、向き合うことを決めて進み続けた結果はいい展開が待っていました。人生で大事なことを教えてくれたのは反面教師の両親です。
  • 3年ぶりに聞いた母の声『やっぱり彼女は最低だった』|毒親の話
    自分の両親はやっぱり毒を持っていたようで...こんなことには慣れているはずなのに、また傷ついてる私がいました。結婚報告というものを素直に喜べない母親。その原因は「プライド」だったみたいです。大事なものは子の気持ちではなく、自分のプライド。そんな母親に嫌気がさしています。
  • 摂食障害を治すためには「毒親の鎖」を外さなきゃ|治療過程のエピソード
    20歳から始まった地獄のような過食嘔吐の日々。その原因は家族関係にありました。親との葛藤は私を弱くも強くもしてくれました。離れることができた今だからこそ見えるものがあります。とても長い治療過程。今でも完治はしてないけど確実に少しずつ良くなっています。

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注文住宅で建てたマイホーム。お願いしたのは小堀建設という住宅メーカーです。どこにも負けないのは「人柄」「自由度」「丁寧さ」ここが決め手になりました。一生に一度あるかないかのお買い物。大事な選択でしたがお願いして本当によかったです。

2022年10月24日