皆さんこんにちは!バードセキュリティのねぐちです。
僕には中学生の頃から「なぜ、人はつい分かった気になってしまうの?」という疑問があります。
人はどこかで理解されたいと願いながらも、
相手のことは、自分の見たいようにみてしまう。
なんとも言えない矛盾が潜んでいます。
こういった自己理解や他者理解がどれだけ難しいことなのか、30歳になった今だとよく分かります。
そんな僕が伝えたいのは、『まずは無知の知から』ということ。
本当に理解してる人は少ない
記事要約:「理解してるつもり」から抜けて、自分と他人を本当に見る力を育てる話

はじめに、自分自身のことも相手のことも理解してる人なんて、ほとんどいません。
そして、多くの人が「分かった気でいる人」ばかりです。
だから、すぐに揉めてしまい、小競り合いをして関係性が悪くなる。
根本の原因(=自分や相手への理解が不足してること)に対するアプローチが少ないため、同じようなトラブルを繰り返してしまいます。
分かっているつもりと本当に分かることの違い
分かっている人と、分かったつもりの人の大きな違いは、自分を疑う視点があるかどうかです。
"分かったつもりの時期の僕"は、自分の感覚を疑ったことがありませんでした。
「相手もきっとそう、みんなそうなんだ」
と本気で思い込んでいました。
【過去例】ねぐちの勘違い事案
ここで、実際に『自分が分かった気でいた事例』をご紹介します。
- ストレス時は放っておいて欲しいはず
- 自分はそうだから、相手もきっとそうだろう
- 実際には誰かといることでエネルギーチャージできる人もいる
- 話を聞いてもらえることでストレスが軽減される人もいる
- アドバイス=優しさ・配慮になるはず
- 自分以外の視点を教えてもらえると嬉しいと感じる僕。
- だからみんなきっとそう
- ただ話を聞いてほしかっただけ、相手からのアドバイスは欲しくない人もいる
- 分かるよという共感の姿勢がほしかっただけ
- 連絡頻度は必要最低限がいいはず
- 連絡は必要なときに最低限の内容をするためにあるものだよね
- 毎日やり取りすることで関係性が深まると感じる人も多い
- 毎日、少しのやり取りでいいから連絡できると安否確認できて安心という人もいる
このように、日常生活の中でさえ、「分かった気でいた事案」で溢れていたんです。
「無知の知」が第一歩
だから大切なのは、「自分はまだ、知らないことがたくさんある(=無知の知)」を心得ておくことのような気がします。
「知れば知るほど、まだまだだ」
と思うようになった、30歳の今日この頃。
20代前半の方が「僕って、けっこう知っている」と過信しちゃってました。
とてもおかしな話ですが、
なにも分かってない時の方が
「知っている」という自己評価をしちゃうんです。
「自分は大丈夫」と謎の自信がある人は、分かって気でいるサインかもしれないなぁ
理解するために必要な4つの力

そんな僕が、「人を理解する上で」必要になると考えるのは4つの力です。
実際にやっていくのは、気力・体力ともに必要になってきます。
想像力(相手の立場に立つ)
理解する上で、相手の立場を想像する力は必要不可欠です。
理解できない原因の大半は、この想像力のなさのように感じます。
どんな想像をする?
- たにくんだったらどう考えるか?
- あの状況のねぐちだったらどう感じる?
- 今のけちば主任だったらどうしたいだろう?
想像するためには、タイミング・状況・立場・環境・生い立ち・背景など...さまざまな事を踏まえる必要があります。
自然とできるようになるには、
意識して習慣化できるまで繰り返すこと
だと思います。
思考力(事実を深く整理する)
続いて、見えてきた事実を整理する力(=思考力)が必要となります。
では、例として、飲み会が大好きなたにくんについて理解を深めてみましょう。
飲み会が好きな人の中には、
人脈を求めている人もいますし、
付き合いで参加してる人、
お酒自体が好きだから誘われたら行く...
と理由はさまざまです。
こればかりは本人に聞いてみないと分かりません。
だから、「飲み会が好き」という断片的な情報だけでは相手を理解することが難しいと分かります。
思考力を深めるためには、"相手の回答に関する質問を展開する"といったコミュニケーション術も必要です。
けっこう難しいことだなぁ...
慣れると楽しくなってくるぞ。
判断力(多面的にみて結論を出す)
このように相手のことを想像しながら会話を展開させていくと、いくつかの選択肢が出てきます。
その上での、判断力も必要になりますね。
先ほどの、たにくんの例から考えると「飲み会が好き!」と聞いた時点で「この人は、遊んでばっかりいる人」と判断するのは早いということです。
- 遊んでいるかもしれないし
- ただお酒が好きで飲んでいるだけかも
- 仕事のために参加してる
- 断れないタイプかもね...
ステップ2で紹介した思考力を働かせながら、多面的に眺めることができてはじめて判断することができます。
たにの場合は複数該当かなぁ?
相手を理解する力は、自分の身も守ることができる重要なスキルです。
トラブル回避にも繋がるので「会話を展開する力、その上で相性を判断する力」を養っていきたいです。
感情を切り離す力
そして、最後に一番難しいのが「感情を切り離す力」です。
自分の気持ちを脇に置いておいて、どれが事実に基づいそうかと判断するステップが最も難しく、重要です。
人間の心・脳は、
「これだけは嫌だな」
「こうだといいな」
といった感情がどうしても入ってしまうもの。
しかし、感情が乗りすぎた状態では"誰のことも理解することができない"ので、一歩引いて俯瞰的にみてみる練習が大事です。
いわゆる「メタ認知」というやつです。
理解することは”武器”になる

今回の記事で説明したような「理解する」ということは、人生において非常に強い武器となると考えています。
実際に幼少期からやってきて、
今になると良かったなと思う場面はたくさん。
僕は、養育環境や自身の特性上、幼い頃から「理解せざるを得ない状況下」で暮らしてきました。
だから、早い段階でその重要性に気づけることに。
ただ、みんな人生のどこかで必要になるステップだと思っています。
攻撃ではなく、防御だけでもない
相手を理解する・自分を理解することは、
攻撃的な態度でもなく
防御だけの受け身な態度でもありません。
とても建設的で効果的な対応です。
自分も相手も守ることができる、
とても強い盾にもなります。
太い優しさとして自分も相手も守れる力
テクニックやノウハウだけではどうにもできない局面が人生では訪れます。
それを乗り越えるため”理解する力”必要不可欠な力。
時間はかかりますが、
その先で得られるのは”太く簡単には折れない、
たくましい優しさ”です。
どちらが上かなどのマウント的な人間関係から抜け出すことができ、勝ち負けを決めようとするようなバチバチした人間関係も手放すことができる。
ステータスや肩書きではなく、幹を育てる
ステータスや肩書きを競わなくていい居心地のいい人間関係を築く土台となります。
ステータスや肩書きはアクセサリーのようなもの、身につける感じです。
だから、取ろうと思えば簡単に取れてしまいます。
簡単に失ってしまう脆さがあるんです。
一方、理解を深めることは”根幹を育てる”ようなこと。
育てるほど太く頑丈に。
ちょっとやそっとでは折れないし、
誰も折ることができません。
誰かに奪われることもないので、
自然と、揺るぎない自信になっていきます。
【まとめ】理解は太い優しさになる

武装するのではなく、幹を育てよう
20代前半まではつい、数字や結果を追いかけるタイプでした。
成績や評価、体重(見た目)までも数値で測れる分かりやすい結果を求め、武装しながら生きてきました。
社会人になり、それは何の意味もなさないことに気づき「その生き方ではいつか必ず壊れてしまう」という構造を痛感しました。
過食嘔吐となった僕は、幹から育て直すことにしたんです。
ようやく基盤が固まってきたのが30歳目前の頃。
大変だったし、
地道な作業でしたが、
やって良かったと思います。
いずれ、人を安心させる力となる
心の安定度はかなり変わりました。
だから、その方向に進むと、
誰もが手にできるものだと感じています。
自分が安心できる状態に整えることができたように、いま不安が多い人も"安心の幹を育てる"ことは可能です。
それでは本日は以上です。最後までご覧いただき、ありがとうございました!