白黒思考からの脱却と成長をイメージしたアイキャッチ画像

ねぐちのつぶやき 心のこと

【ねぐち】白黒思考を抜け出す|看護師さんとの事件で気づいた自分の変化

みなさんこんにちは、バードセキュリティのねぐちです。

6月初旬にクチバシ手術(※実際は顎)で入院していた僕、とある事件に遭遇しました。

僕の術後を担当してくれた看護師さんから、不適切な対応を受けたんです。全身麻酔が切れの弱った状態の僕にとって、精神的にきつい経験となりました。

ただ、この事件で気づいたことがあります。それは僕自身が白黒思考から抜け出し始めたということです。



ねぐち、ある事件に遭う

術後、看護師さんの不適切な対応(暴言・嘲笑など)をされた僕。悲しくも、憤り、悔しさもありました。そんな中、とある自分の変化に気づきます。

「あれ僕に感情が戻ってきてる?」

疑問を浮かべるねぐちのイラスト
自分の変化に
戸惑うねぐち



僕は現在、精神科に通院中。詳しい診断名は聞かされていませんが「無感情である」ことが症状の1つとして挙げられます。

そんな僕に「苛立ち・悲しみ」などの感情の動きがあり、自覚することもできているではありませんか。これは大きな変化です!





戻ってきた感情とどう向き合う?

自分自身の悩みと向き合い始めた様子を写したねぐちの画像
「さて、どうしよう」と悩ましい様子を見せる”ねぐち”

感情を取り戻したのはいいものの、どう扱えばいいか分かりません。これまではどうやっていたんだろう?

これまでの対応

  1. 皆が平穏に過ごすため完全に黙秘して無かったことにする
  2. 自分の限界点を超えてきたら徹底的にやり返して2度と何も言わせないようにする

この2択しかありませんでした。そして、90%以上の確率で「1」を選択してきたと思います。稀にいるしつこく攻撃してくるタイプの人に対してだけ「今後何も言わせないために牽制する」という手段を取っていました。

どちらの選択にせよ、「徹底的に無視するor徹底的に言う」かの極端な距離の取り方でした。

そんな僕は、長期的に誰かと良い関係を築くことなんてできませんでした。



長期的な人間関係を保ちたい

ただ、今回は違いました。ある想いが湧き出てきたのです。

看護師さんとの関係は不要だけど、担当医の先生たちとの関係までは悪くしたくない。


これまでは基本的に完全フラットな視点、相手が誰でも同じような気持ちしか持てませんでした。しかし、今回は相手によって取りたい距離感が異なるように変わったんです。


人によって距離感を変えていい?

長い間、人によって距離感の差をつけてしまうことは差別のような考えなのかな?という罪悪感を持っていました。

  • 住んでいる場所(地域や国籍の違いなど)
  • 結婚や子供の有無などライフスタイルの違い
  • 運動能力・学力・経済状況のレベルが近しいかどうかなど...

学校・職場には、自分の状況・条件とは違う人を排除しようとする人が一定数いました。ただ僕にはずっと疑問に思っていることがあります。

人はみんなそれぞれ違う人だと思います。生まれた場所、育ってきた環境、体の特徴、価値観、経験などに個人差があるのは当然です。それは本来、悪いことじゃないはず。

これまでの”ねぐち的距離感”

それなのに、同じじゃない人を排除しようとしてる人を見て「差別的な考え方なのかな?」と思い込んでいました。自分はそうならないように気をつけようと思ったんです。

だから、分かり合えていないなという状況になっても無理に線を引かないようにしてきました。





抜け落ちていたのは「自分を守る」視点

だけど、それでは自分の心を守る力が弱くなりました。それは後に、大きな問題点となります。

人への距離感に差をつけないように努めると、どこかで何かの優先順位を下げなければなりません。

僕はそれを自分の感情にしていたように思います。とりあえず、僕がどう思うかは後回し。

「僕は感情がコントロールできる」
「それができない人の分まで受け止めてあげないと」


そんな風に、自分を強い側に置いていた節もあったのかもしれません。でもそのやり方では自分の心がすり減って限界を迎えてしまう。

限界を迎えた瞬間は新卒で働き始めてすぐでした。うつ病と摂食障害を発症したあの時は、きっと自分を守る力を使い果たしていたのだと思います。




【ねぐちの結論】今回は僕の心も守ろう!

元気を出すために美味しい卵粥を食べることにしたねぐちの画像
自分にも優しくすることを決意した”ねぐち”

今回の件は、先生たちに報告することだけにしました。看護師さんからの直接の謝罪を受けたいなと憤慨してる瞬間もありましたが、今後看護師さんとは関わることはないので時間を使う意味はないと判断。

そのようなことをしては相手と同じ土俵に立つことになる。看護師さんのように、自分の不機嫌をコントロールできず他人に攻撃して解消するような人間にはなりたくありません。

それが僕にとって一番恥ずかしいことなので、関わらないことに。

優しかった先生たちには伝えよう

ただ、真摯に手術・治療に取り組んでくださった先生たちには当時の状況を共有することにしました。術後、体調が安定しない様子を心配してくださっていたので(うつ病が悪化したかな?などと心配)その部分の誤解は解きたいと思いました。

やはり、先生たちは話を真剣に聞いてくれてその後、ちゃんとした対応を病院内で取ってくれてヒアリングが行われることに。

誰かの誤解を解きたい、この人には分かっていてほしい。


そんな僕の気持ちを、ちゃんと主張することができ受け止めてもらえたので成功に終わったと思います。



適度な距離感を掴む

人はこうやって多くの人との人間関係を維持してるのでしょう。皆と同じ距離感ではなく、自分がどう思うかの基準によって、付き合う相手や距離感を決めているのかもしれない。

我が家にいる”働きサラリーマンたにくん”に聞いてみたら「みんなそうやっているんだよ」「だから人間関係は大変なんだよ」と教えてくれました。


僕に足らなかったのは自分を尊重する。優先する部分だったのかもしれません。思っていることや感じていることは自分の意見として、はっきりと伝えてもいいんだと確信できる経験にになりました。




ねぐち、グレーを保てるように成長する

今回の事件で最も成長したのは「グレーゾーン・曖昧な状態」を許容できるようになったことです。

これまでの極端な白黒思考では出来なかったところ。言うか言わないかの極端な2択の状態しか保てなかったのに「人によって変えてみよう」「正解などないから」などと色んなパターンの答えになってもいっかと思えるようになったことが一番の変化です。



まとめ【僕ってヤバかったんだ】

これまでの自分自身を振り返り、よくしていこうと決意したねぐちの画像
「さ、頑張るか」と元気を出した”ねぐち”


自分が持っている全ての人間関係を破壊しては、次の人間関係を探す。そんな破滅的なやり方をしていた僕が一番ヤバいと思います。

まさか入院生活でこんなことに気づくなんて思いませんでした。

結婚してからというもの引きこもりになった僕は、入院生活が久しぶりの社会との接点でした。その機会に、少しだけ社会スキルが向上してたことを実感できて自信につながりました。

クチバシ(顎)の腫れが引いたら、また少しずつ外に出てみようかなと前向きに思っているところです。


本日は以上です。最後までご覧いただき、ありがとうございました。

  • この記事を書いた人

neguchi Kotaro

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