サンスベリアの上に佇み思い耽る”ねぐち”と「自由と責任vs安心と制限」どちらがいいか?と問いかけるメッセージを描いたアイキャッチ画像

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【ねぐち】自由を選ぶ勇気、安心に留まる怖さ|僕が自分で決める人生を選んだ理由

皆さんこんにちは、バードセキュリティの”ねぐち”です!

突然ですが質問です。"安心な生活と自由な生活"皆さんはどちらが好きですか?

「安心感ある方が心地いい!」「やっぱり自由が一番でしょ!」などいろんな意見が出てくると思います。

ただ、見落とさないでほしいポイントがあるんです。どちらの生活にも”別の側面”があることを。

ふと感じた、自由と責任の関係性についてお話していきます。それではスタート!



【どっち?】「責任と自由 vs 制限と安心」

「自由vs安心」それぞれのメリット・デメリットを示した画像
「自由と責任」vs「安心と制限」各メリット・デメリット

僕は住む場所、働き方、結婚相手、交友関係...など自分の生活に関わることは自分で自由に選びたいと考えています。

その代わり、気をつけていることがあるんです。それは「自分の選択に責任を取ること」

それなくして自由は得られないと考えています。

一方で、安心感のある生活では心身の平穏さが保たれる代わりに、制限される・管理される環境に居続ける必要が出てきます。

僕はそれが嫌なので「自由と責任」を選択していますが、世の中には「責任は取らないけど、自由で居続けたい人」がたくさんいるように見えます。


自由に飲みたい、たにくんの話

好きな時間に、好きな人と、好きな場所で自由に飲みたい!

自由に飲むのはいいけど、その飲み方で責任取れてる?



カップルや夫婦で起きがちな飲み会問題。我が家のたにくんも、飲み会が大好きで「自由に飲みたい!」という主張をを繰り返していました。

しかし、僕には気になることがあります。自由に飲むのは良いことだと思うし、人と交流するのが好きなのも良いこと。

ただ、結婚当初のたにくんは飲みすぎてしまう部分があり、僕たちに絡んだり、お店のスリッパを履いたまま帰宅したり...と迷惑な行動を繰り返してました。

これは自由な飲み方ではなく「自分勝手な人の飲み方」だと思います。自由な生き方は”責任を取ること”ができて初めて成立するものです。

自由を履き違えるな!





安心感のための制限は"不自由"

「心配だから飲みに行かないで!」と2人の関係性に対する安心を得るために制限をかけることは簡単です。

しかし、僕はそうやって「安心と引き換えに制限すること」は好きじゃありません。

安心と制限の関係性で起こること

  • 飲み会を制限したところで「本当の安心感」は得られない
    • 飲みに行ったら何かするのでは?(結局、信頼はしてない)
    • 飲み会ではない場所にも行かないでほしい(別の不安が出てくる)...
  • 好きな飲み会を我慢することになるので不満が募る一方
    • 自身の趣味を否定された感覚に陥ることがある(飲み会はダメ!と言われるから)
    • そのため、2人の関係性自体に疑問が出てくる(俺を受け入れてないのでは?)


仮に、飲み会を制限したとしても本当の意味での安心を得ることはできませんし、飲み会を我慢することになった”たに”も不満が募る一方...といった感じで「安心と制限」の中に生まれる関係性は好ましいものではありません。

だからこそ、責任をとって自由になる生き方が大事だと思うんです。

こんなにも自由と責任への想いが強い背景には「子供のころの不自由さ」が関係してると思います。




【幼少期】「守られていたけど、不自由だった日々」

学生時代は、保護者がいて学校があって...安全に守られていましたがとても不自由な日々でした。



良くも悪くも決められた環境

幼少期の不自由さの例として「家庭環境」「生まれる場所」「学校内での過ごし方」を示してる画像
【例】子供の頃に自分では決められないこと

僕の場合は、家から一番近い小学校に通ってました。仮に「私立の学校を受験したい!」と思っても親の許可がなければ通うことはできません。

もし、自分で行きたい学校へ進学することができてもクラスメイトを決めることはできず、学校側が決めたクラス内で一定期間は過ごす必要があります。

生まれる国や地域も自分では選ぶことができず、両親も選ぶことはできません。良くも悪くもランダム性が強いんです。

制限が大好きな父親

僕のお父さんはとにかく管理したがる人でした。自分の子どもが何をするか把握したい。自分の予想してる通りに人生を歩んでほしい、そうやって僕の人生をコントロールしようとしてきたんです。

父は、「ねぐちのためだ」と言います。しかし、僕から見ると「とにかく制限ばかりしてくる人・僕のしたいことを認めてくれない人」にしか見えませんでした。




縛られた経験が、自由への憧れを強めた

そんな幼少期の制限の多い生活が、僕の自由への憧れを強めました。

とにかく自分で決めたかった。自分で好きなように決めて、暮らしたかった。誰にもとやかく言われない環境ですごしたい!と思ったのは小学4年性の時でした。

絶対に自立してやる!
経済的にも精神的にも自立してやる!
と強く誓った僕。


そのためには何でも頑張ろうと思ったんです。





【大人】「自由と同時に手に入れた、責任」

そんな自由が欲しかった僕は「自由を得るためにどうしたらいいか?」と必死に研究しました。結果として見えてきたのは、自分の選択や感情に責任を取ることでした。

今の生活は、自分の選択からできている

好きなものを選んでいい権利(=自由)は、失敗しても自分のせいという事実を背負うことになる。だから、覚悟が必要になります。

  • 思っていたような結果が出なかった
  • 想定外の出来事が起きて計画が崩れてしまった
  • 別の選択をした人を見ていたら「上手くいってる」ように見えた

自分で選択して人生を生きていくことになると、このように思いもしない嫌な感情が湧いてくることがあります。

落ち込むこともあるし、周りがよく見えたり、自分が間違っていたかな?という感覚になる日もあるはずです。

そんな現実に直面したとしても、「僕はあの時自分で選んだんだから」という過去の意志があれば後悔はしないと思いました。

そして、それが自分の選択に責任を取ることだと思うんです。



「失敗しても自分のせい」という覚悟ができた日

くじけず立ち上がる人のイラスト
絶対にめげない鳥

25歳の時に転職したとき、自分の中で大きな成長がありました。これまではコントロールしたがる父が示す「安定した大企業」での仕事を続けるようともがいていました。

そんな支配下での生活に慣れていた僕は、心が麻痺してしまい「小学4年生のときの自由への決意」を見失いかけていたんです。

このままではいけないと思い、自分で退職すること・転職すること・住む場所などを決めて「親から離れる」ことを決意しました。





【ねぐち】「自分の人生の舵は自分で握る」

可愛い船長さんのイラスト
自分の人生を見つめる鳥

こうして自分の人生の舵を自分で切れるようになってからは、生活が一変しました。

なんと言っても満足感が高い

とにかく楽に生きられるようになったんです。安心と制限の生活の方が穏やかな印象を抱いていましたが「本当に心身に穏やかなのは自由と責任」の方だと思います。

そして、あの時乗り越えようと覚悟して動いた自分がいることを知っているので「次も何とかできるかな」と足取りが軽くなっていってることを実感しています。


後悔が減る"選択の仕方"

将来、自分の選択を後悔するのでは?と不安視する人も多いです。

僕はそうならないために、とにかく今の生活に集中して生きるようにしています。


同じ自分だけど、違う自分

  • 経験値
  • 情報量
  • 知識量
  • 時代
  • 交友関係
  • 属してる場所(学校か会社かなど...)

今の自分と将来の自分は同じようで違います。経験値・情報量・知識量・時代などいろいろと違う。

それなのに、「ああやって選んでおけば...」と感じるのは過去の自分に失礼な気がするんです。

振り返った時に「当時の中でのベストな選択はしていた」思えることが、今の生活に集中することが後悔ない人生の歩み方なのではないかと思います。

だから、日々の生活の選択(結婚相手や住む場所、交友関係など...)を自分の意志で責任もってしたいです。






【まとめ】「あなたはどちらを選びたい?」

実はもう、選べる立場にはないかも...

すでにもう大人なら、責任を取る立場なのかも?

「安全のために管理される?それとも責任を持って自由に生きる?」と冒頭で問いかけましたが、実はもう選ぶ立場にはいないのかもしれません。

子供時代が安心感の代わりに不自由な日々であることが定められていたように、大人は自由を得る代わりに責任を得る立場にすでに置かれているのでしょう。

それなのに、世の中には「自由も得たいし、安心感も欲しい」というワガママな大人たちで溢れていると思います。



自分の感情に責任を取ることからスタート

そのひとりが僕の父親だと思います。子どもを手元に置いておくことで安心感を得たい、不安を消したい。

だけど、今の父の生活は本人が選んだ選択でできています。父が"未成熟なこども"であれば、不安になる気持ちも分かりますがそんな歳ではありません。というより、僕よりずっと先に生まれている大人です。

そんな"自由には責任が伴うこと"を教えてくれた反面教師の父には、まずは自分の感情に責任を取ることからだねと伝えたいです。

きっとそれが出来た方が、生活が一気に穏やかになり、楽になり、充実感が増す。息苦しさや怒りに支配されることがなくなるはずだから。



それでは本日は以上です。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

  • この記事を書いた人

neguchi Kotaro

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