相手の表情
言葉の選び方
返信の速度
会話中の沈黙...
こういった"小さなサインから意図を読み取ろうとする特性"が、人間にはあります。
これは、あくまで自然なこと。
人間関係を築く上では、大切な能力です。
ただ、その感覚が強すぎる時、感じたことを「事実」として扱ってしまうことがあるんです。その危険性や問題点については、前回までの記事で話しました。
今回は、「事実と解釈を分けてみる【実践編】」です!
「言葉が事実に見えてしまうシリーズ」記事
- 【感覚編】言葉が出来事に見える瞬間|あの一言で、何かが変わった気がした
- 【構造解説編】言葉じゃなくて「解釈」が出来事をつくる|あの一言から見出す関係性
- 【ズレ編】行間を読み過ぎてしまう問題|含まれない意図まで捉えてしまう危険性
私たちは「感じたこと」を事実として扱ってしまう
悲しかった。
不安になった。
寂しかった。

感情には、強いリアリティがある
厄介なのは、感情には強いリアリティがあることです。
そんな、”出来事に対して抱く、その人の感情”がある。
だからこそ、「そう感じたこと」と「実際にそうだった」ことを混同しないようする必要があります。
本人の中では、出来事が起きてるのも本当。
それに対して抱いた自身の感情も本物。
ただ、それらすべてが現実を表してるとは限らない。
それが難しいところです。
「解釈」が、現実に見えてしまう瞬間
例えば、"返信が遅い"という出来事が起きたとします。
それに対して、「嫌われたかもしれない」「興味なくなったかな?」などの不安な感情を抱くこともあるでしょう。
実際には、それは「その人の返信速度に対する解釈」です。
事実として確定するのは、「返信が遅かった」という点だけ。
そのため、返信が遅いという出来事から「私は嫌われた」まで頭の中で解釈が進むのは少し飛躍してる部分があります。
だからこそ、”事実”とのズレが曖昧になる
ただ、普段の生活中で、解釈から事実を確定させたくなる感覚は誰にでも起きています。
不確かな状態に不安を抱く人間の脳は、
未確定のことをなくすために、
自分なりに話・流れを確定させたくなる。
その結果、無意識のうちに「解釈を事実として」扱ってしまうケースがあります。
【実践編】事実と解釈を分ける

そこで、今回は「事実と解釈を分けるステップ」について考えてみることにします。
どのように「事実と解釈」を分けるんだ?
簡単にまとめると「3つのステップ」が必要になる。
「確認できる事実」を置いてみる
事実と解釈が混同してるかもしれない。
そう思った時は、「立ち止まり整理する力」を養っていきましょう。
まずは確認できる事実だけを並べてみます。
- いつ
- どこで
- 誰が
- どんな行動を取った
- 実際に行った言葉
このような、確定できる事実だけ拾い、並べます。
「嫌だった」「嬉しかった」などの感情は後から整理するので、まずは「事実だけ」並べます。
「自分が感じたこと」は、別で持ってみる
次に、自分が感じたことを並べてみます。
- 嬉しかった
- 不安だった
- 期待した
- 傷ついた
こういった感情も、大切な情報の一つです。
これらは、事実ではなく、自分の内側で感じた反応です。
また、その感情の背景には「嫌われたかもしれない」「期待されているかもしれない」といった解釈が隠れていることあります。
現実に起きたことと、自分の内側で起きた反応を、
それぞれを分けて置いてみる。
ここで自分が認めたくない感情が出てきたりもしますが、
それもまた自分です。
それに、そう感じる自分がいることは悪ではありません。
その時は実際にそう感じたんだ。と認めながら、
素直な感情を並べていくことが大切になります。
「まだ分からないこと」を保留にしてみる
事実と感情を分けて置けるようになっても、「まだ分からないこと=未確定な情報」が残ったりします。
というより、ほとんどがそうです。
- 本当に嫌われたのか?
- 本当に好意があるのか?
- 相手に悪意があったのか?
こういった相手の感情や意図は、自分がどれだけ考えても「確定することは」できません。
ただ、分からないこと・曖昧なことだらけなのが「人間関係」なんですよね。
事実と解釈を分けて並べながら、
さらには未確定な情報も小脇に抱えておく。
すぐに答えを出さず、
分からないものは、そのまま置いておく。
それをするのって、精神的に負担が高いように感じます。
案外、メンタルの強さって「曖昧を許容する力」なのかなと感じるようになってきました。
事実と解釈を分けた後に残った未確定を残すのって難しいんだよ
白黒つけたい僕には、かなり難易度が高かった…
【関連記事】白黒思考を抜け出す|看護師さんとの事件で気づいた自分の変化
解釈を持ったまま、現実を見るという感覚

感受性を捨てる必要はない
ここで注意したいのは、感受性を消す必要はないということです。
会話中に行間を読む力。
相手の感情を察する力。
空気を感じとる力。
それらは、その人の大切な強みです。
無理に捨てる必要はありません。
「これは私の解釈かもしれない」と置いてみる
しかし、先ほどのステップ解説でも話したように「事実と解釈」を分けておく習慣を身につけることで、「これは私なりの解釈かもしれない」という視点を持つことはできます。
- 嫌われた気がする
- それは私の解釈かもしれないし、
- 実際にそうかもしれない
- 期待されている気がする
- 私がプレッシャーを感じやすいタイプで
- 実際には相手は普通に接してるだけかも
- でも、本当に期待してるかも...
こうやって、自分の感じ方から少し距離を取ってみる。
それに、その感じ方をした自分自身も否定しない。
受け止めてみる。
最初は難しく、負担を感じるかもしれません。
しかし、それができるようになると、
感情に飲み込まれることが減っていくはずです。
感情に振り回されない人というのは、
感情がない人ではなくて、
自分の感情を素直に認めている人なのかもしれないですね。
解釈と現実を、少し距離を置いて並べる
自分なりの解釈(=感じ方)も大事。
ありのまままの事実も大事。
その両方を見る視点を持ちながら、
「これは事実」
「ここからは自分の解釈」
と並べてみる。
そうすると、身の回りに起きた出来事が以前よりも立体的に見えてくるでしょう。
「見たい世界」が解釈を強めることがある

人は、願望に沿って意味づけしてしまう
ここで、少し耳の痛い話になりますが、「その人の解釈は願望が反映されてること」が多々あるように思います。
こうあってほしい。
事実を見てるようで、自分の願望が反映されているだけだったりする。
自分の解釈を探ってみると、自分の願望が浮き彫りになることがよくあります。
「期待」が、解釈を補強していく
さらには、期待がその人の解釈を強化していく面もある。
それが、”より強固な解釈を形成”していく。
ただ、実際に紐解いてみると...
自分の願望に沿った、
自分の期待が乗った、
自分が見たいだけの物語だった。
なんてことも珍しくはない。
だから、「本当にそうか?」を残しておく
必要なのは、自分を疑うことでも、自分を否定することでもありません。
願望があるのも自然なことですし、
期待する感覚だって誰もが持っている。
「本当にそうだろうか?」
「事実はどこまで?解釈はどこから?」
「もしかして別の可能性もある?」
このように、自分が作り上げた物語の見方を少し変える力が柔軟性に繋がっていきます。
そんな柔軟性は、自分の人生を助けてくれるんです。
解釈を観察する方法は、すでに存在している

「考え」と「事実」を分けて整理する視点
自分の感情を否定せず、
自分の感情から目を背けず、
感じてることを観察してみる。
自分がどんなことを感じやすいのか、
自分が本当は何を望んでいるのか、
自分の中で起きてることが少しずつ見えるようになります。
それは少し勇気のいることです。
見たくないし、聞きたくないし、
けどやり始めると、慣れるんです。
「慣れって大事」かもとも思いますし、
「慣れって偉大かも」とも思います。
まだ分からないことを許容するキャパシティの強さ
出来事と解釈を分ける。
感情を否定せずに観察する。
現実確認をしていく。
そして、何より「まだ分からないこと」を持ち続ける精神的キャパを持つこと。
それは想像以上に難しいけど、
同時に、自分を守る力として機能してると思います。
【余談】認知行動療法の紹介
精神科に通院するようになり、「認知行動療法」というものを知りました。
今回話した内容と、かなりリンクする部分が多いです。
「現実と解釈の整理をしたい」方には相性がいいのかもしれません。
プロでもなんでもないので、詳しいやり方などはわかりません。
たくさん紹介されていると思うので、気になる方は検索してみてください。
最終的には「自分しか、自分を守れない」
ヒントもサポートも、たくさんあります。
こういったメンタルを安定させる手法も確立されている。
差し伸べられている手は、たくさんあるんです。
最終的には「自分しか、自分のことを助けることができない」
でも、そのためのヒントや考え方は、案外たくさん用意されているのかも。
僕はそう感じています。