結婚生活としては、相性が良かった。
これは今でも、はっきりとそう言い切れる。
ただ、それと同時に
「この相性のまま、私はこれからも生きたいのか?」
そんな問いが、最近になって浮かんできたんです。
結婚生活を送って見えてきた、人としての相性について話します。
それではスタート!
結婚前に考えていた「相性」
記事要約:「相性は固定ではなく、”その時の自分の状態”で変わる」と知った話

結婚したのは25歳。
出会って2ヶ月後に付き合って、
それから1ヶ月後には婚約した。
ありえないほどのスピード婚だったけど、
相性としては「いいだろう」という謎の自信がありました。
当時は、好きかどうかなんて正直どうでもよくて、
相性・条件が合えば、気持ちは後からついてくる
本気でそう思っていたんです。
それは半分当たりで、
半分不正解だと、
結婚5年目に直面しました。
【新婚時】結婚に関わる相性ってこれかな?
- 清潔面が合うかどうか(これは毎日のストレスに直結する部分)
- 食事(好き嫌いだけでなく、食への向き合い方)
- 旅行(旅先での過ごし方、移動中のテンションなど)
- 家での過ごし方(一人でもいいか、一緒にいたいかなど結構好みが分かれる)
- 性格や雰囲気(無理なく一緒に時間を過ごせるか、これは感覚)
こういった生活面の相性はしっかりと考えていました。
学生時代に寮生活をしていたこともあり、
共同生活をするなら押さえておきたい条件は
ある程度把握していたのは良かったことだと思います。
生活を共にして初めて見えた相性
生活面の相性は抜群のふたり
結婚生活となると役割分担が必要になる。
家事・収入・会話など...二人の生活を回す上で、
果たすべき役割が出てくるから。
私とたには、その役割分担が、
かなりうまくいっています。
「完全分担するのが合理的」
そう考えるふたり。
たにが収入・私が家事
そんな役割分担に互いに納得。
双方、不満もないので円滑に結婚生活が進んでいました。
一人暮らしの時よりも楽になったな〜と互いに思っていたと思います。
安心を感じることができた、はじめての環境
私が育った家庭環境は、衣食住となんの不自由もありませんでしたが、情緒的なケアやサポートは一切ない環境だったため、気持ちとしてはサバイバルのような環境でした。
いつ怒るかわからない、
いつ怒鳴るかわからない、
私の気持ちなど取り扱ってもらえる環境はなく、
常に裏切りが起こる、
妬みや嫉みが生まれる、
そんな家庭しか知らなかった私にとって、
結婚してから得た新たな家族は、
とても穏やかで、安心できる場所となりました。
25歳の結婚した時の私は、日常生活すら不可能に近い心身状態でした。
仕事なんてもってのほか、
食事は全て吐き出し、
満足に寝ることはできず、
常に何かしなくちゃと追われている
そんな状態だった私は、
この結婚のおかげで生き延びることができたんです。
回復すると変わる、欲求

結婚したとき、
家事をすればいい、
できないならしなくていい、
家事も俺がやるから
そんな休息のための環境を提供してくれたたにくんのおかげで、たくさん考える時間ができるように。
これまでも色々と考えることはあったが、
自分について考えることはありませんでした。
心理士と毎週行う「自己理解」
- 自分はどんな人か?
- 何が好きで、何が嫌いか?
- 何をしたいか?
- 心地いいものは?逆に、不快なことは?
精神科に通院しながら心理士の先生と一緒に、毎週45分間、自分についてだけ考えました。
その時間を強制的に作ったおかげで、自分と向き合う時間を獲得することができました。
そして、アラサーになってやっと、自分のことが見えてきます。
私は考えることが好きだ

私は「考えることが好き」だと気づきました。
これも、自己理解の内容のひとつ。
どんなことも考え込んでしまう、
そしてその時間がとても楽しい。
長く生きれば生きるほど、
つながるピースが増えてくるのもまた面白い。
そんなことに時間を費やしていると、
平気で1週間ぐらいは経っている。
そうした考える日々の中で、
この結婚に関する新たな疑念が浮かんできます。
相性は固定じゃない。
状況により、変化するものだと。
相性は良い悪いじゃない、フェーズも重要
たにとの結婚生活は、揉めることはありながらも、良好な関係を築くことができています。
人生最大のピンチに守ってくれた、
保護してくれた谷くんには頭があがらない。
本当に感謝してます。
25歳時点の私には、
この人は絶対に必要でした。
けど、回復してきた今の私には、
ズレが生じてることも学びました。
自分自身の状態・状況などのフェーズによって、
合う人=相性は変わると痛感してる最中です。
気づいた上で、どう動くかは、
生活しながら考えていこうと思っているところです。
相性を考えるとは、自分を知ることだった
好き・嫌いや、快・不快
結婚してゆっくりする時間があったからこそ、自己理解を深めることができました。
幼少期にやるはずの、
好き嫌い・快不快を26歳になってから始めた私。
本当は親子関係でやるもの。
それなのに、元は他人の谷くんが、
その環境を提供してくれたことに本当に感謝してます。
何を大事にしたい人間なのか、
どこで削れるのか、
どこは譲れないのか。
キリがないほどある価値観
考え出すと相性なんてキリがないと知ります。
仕事なのか、
恋愛なのか、
家庭なのか、
関係性なのか、
生活水準なのか、
いろんな部分がある。
一言では語れないほどの項目があるんだろうなと思うし、いまだに分かってないこともたくさんあるんだろうなと思います。
すぐに決断しないように、
曖昧なままでボールを持っておくことができるようになりたい。
それが大人な生き方な気がしてきました。
今は結論を急がずに、丁寧に問いたいな。
ねぐちでした。