『僕たちの結婚生活としての、相性は抜群』
これは今でもはっきりとそう言い切れます。
生活は安定していて、
役割分担もうまくいっている。
安心できる環境もあるし、
感謝してる部分だらけ。
それでも最近になって、
1つの違和感がはっきりと出てきました。
それは「会話」
喧嘩になるわけでもなく、
決定的な衝突があるわけでもない。
それなのに、話すほどになぜか消耗していく感覚が強く残る...
会話のスタンスがずれていることにより起こる”精神的消耗”の構造についての記録です。
それでは、スタート!
はじめに|不満ではなく、違和感の話
会話が噛み合わない違和感は、感情の問題ではなく、会話の前提や目的のズレから生まれることがあります。

冒頭でも話したように、僕と谷くんの共同生活の相性は抜群。
互いに感謝も安心感もあり、
一定の”信頼関係”を築けています。
けどなぜか、会話だけが、
消耗する感覚が消えないことに悩み始めました。
それは、会話の設計が人によって大きく違うことが原因だと気づきます。
ねぐちが会話で大事にしてること
- 事実と仮定を分けたい
- 言ったこと/言ってないことを区別したい
- 思考途中の発言が多い(その時点での結論として発言しがち)
- 決定には合意が必要だと思っている
- 「まあいいや」で終わると未処理感が残る
僕は、とにかく事実確認を重視する傾向があります。
言葉の意味を正確に使いたい、
正確に受け取りたい、
言葉の定義を一致させた状態で会話したい。
こういった部分を優先して、会話しています。
とにかく事実に基づく会話重視!
谷の会話スタンス
- テンポと流れを重視
- 会話は進むことが大事、途切れないこと
- 過去の発言を文脈ごと覚える
- 雑談と決定の境界が曖昧
- 話が止まりそうになると「まあいいや」で収束
一方で谷くんはどうでしょう?
彼は、流れやテンポが大切。
雰囲気・途切れないこと。
相手も自分も、心地よく居れること、
リズムに乗る感じで会話をすることが多いとか。
何よりもその場の雰囲気や気持ちが大切派!
会話のスタンスが違うことで起きるギクシャク
このように、会話のスタンスが大違いなふたり。
そのため、会話がズレることが頻繁にあります。
どちらも悪意などなく、
問題点もとくにないのに、
なんだか噛み合わない。
関係がギクシャクすることが増えてきました。
具体例:ドッグランの話

そんなことを考えるようになったのは、ドッグランへ行こうと話したときがきっかけです...
当時の状況
- 新しいドッグランがオープンした話をしてた
- オープンが延期になるらしく、当時はまだ行けそうにない
- 「いこうね」という雑談レベルで終了
当時の状況としてはこんな感じ。
オープン予定のドッグランが良さそうだから行きたいね、
という会話が事前にありました。
後日の会話
オープン日が決まったらしいよ!
行ってみようか。
利用登録はしてるよね?
いいね、行こう!
利用登録ってなに...?
その後、オープン日が正式に決まったことを谷くんから聞いて「行こうか!」という流れになります。
しかし、その時の会話で「利用登録に関する認識のすれ違い」が起きました。
認識のずれによる”すれ違い”へ
- 【谷】前にすぐできるって言ってた
- 【ねぐち】できる=やる、ではない
前に、「このドッグランって利用登録必要なんだねって俺が言ったら、こんなのすぐ出来るよ」って言ってたよ。だから、したんじゃないの?
出来ると言っただけで、
やるとは言ってないよ。
(モヤモヤ)
僕にとっては、できるかどうか「=可能かどうか」の表現として、発言しました。
ただ、谷くんはその会話の流れから
「ねぐちが利用登録をしておく」
という文脈だと判断したようです。
このドッグランの会話だけでなく、常日頃から会話スタンスの違いによるギクシャクは起きてることを確信します。
なぜモヤッとするのか
同じ言葉を使っていても、会話に期待してる役割が違うと、無意識のうちに消耗が蓄積します。

なぜ、このすれ違い会話がモヤっとするのか。
目的:感情の正体を整理する
- 言ってないことが予定になる
- 実行してない自分に、軽い責任が発生する
- 訂正すると、細かい人になる
- 結果、話すのが疲れる
僕は、出来る・出来ないの話をしてたつもり。
いつの間にか、ねぐちがやる予定として、
相手の中には組まれている。
それを、してないことを指摘されたように感じるため、ねぐちの中には軽い責任が発生することに。
それを訂正しようとすると、
細かい人や面倒な人という展開になる。
そこまで想定できるため、
すれ違いを修正する会話さえ疲れてしまいます。
モヤっとする正体
今後の会話に対する警戒心が生まれ、
これまでの会話の不和を回収するのが消耗する。
またこの展開か、
根本の原因も改善されないし...
もう疲れたな...と
消耗してくる感覚
「まあいいや」で終わる問題
その後、谷くんは「まあいいや」と言って話を切り替えようとします。
それが優しさであることは分かっているですが、
僕にはその対応でさえも問題に見えてしまって、
よりモヤモヤモードへ突入。
さらに、ギクシャクしていきます。
「まあいいや」が問題に見える理由
- 表面上は丸く収まる
- でもズレは解消されていない
- 次も同じことが起きる
- 僕だけが注意深くなる
どうせまた、同じ原因の会話のずれる
そんな想定をしながらの会話は、
毎回リセットされる感覚になります。
会話のスタンスが、それぞれ異なることを、
互いが自覚するようにならないと、
同じようなすれ違いを永遠と繰り返します。
その未来の方が嫌だった僕は、
黙っていられません。
これは誰が悪い話ではない
日常の小さ化な会話のズレが積み重なることで、「分かり合えない」という認識が形成されていきます。
このギクシャク問題は、
会話スタンスが違う者同士では、
どうしても起きてしまう問題。
誰が悪いとか、責任は誰にあるかとかが問題の核ではありません。
会話のスタンスが違う人間は当たり前にいるし、
それに僕と谷が該当しているだけ。
だから、気をつけないとまた同じ問題が起こるよね。
という問題把握をしたいだけです。
- 会話で何を重視してるかの違いによる問題であって、どちらも間違いはない
- ただ、事実ベース、文脈ベースの違いを放置すると
- 距離が近い存在であるほどズレが目立つ。
互いが意識しない限り、会話の相性が良くなることはないと気づいた僕。
会話設計の違いが、夫婦関係を築く上で
問題を起こしやすいトリガーになる。
そんな事実を共有したいだけなんだ!
不満になりやすい理由
会話のズレは相性の良し悪しではなく、どの前提で話しているかの違いとして整理できます。

- 小さな違和感は流せる
- でも毎日起きると消耗になる(夫婦ほどの近さでは消耗は不可避)
- しかも話し合っても修正されない
日々の小さな違和感は、その時は我慢してるという意識もないままに流せる人が多く、気がつけば疲れているという状態になりがち。
会話のスタンスが異なるという前提がないままに話を進めると、互いに消耗していきます。
結婚生活では、とにかく会話が重要です。
関係性の質、生活の方向性を決めるとき、
など結婚満足度に直結してしまいます。
話し合いをしようと思っても、
その話し合いすら「会話のスタンスが違うまま進むため」
修正される機会がありません。
それが、さらなる消耗を生むという悪循環を生みます。
今すぐ答えを出さないという選択
- 結論を急がない
- 曖昧なまま考え続ける
- それも1つの成熟
見えてきた会話スタンス違いを理解しつつ、
まだ結論を出さないようにしたいと思います。
白黒思考を抜け出せ!
これまでは、白黒とはっきりさせないと気が済まないところがありました。
それが僕ねぐちの課題だったんです。
だから、成長のために「曖昧な状態に耐える=許容できるメンタルキャパシティ」を持ちたいなと思っています。
会話のスタンスの違いがどこまで自分の負担となるか、無理のない範囲を探しながら、モニタリングしていけたらいいなと思ってます。
終わりに|相性を考えることは、自分を知ること
会話の相性を見直すことは、相手の変えることではなく、自分が何を求めているかを理解する作業です。

- 会話の相性も、相性の一部
- 生活が回ることと、心が削れないことは別
- どこまでを許容し、どこは大事にしたいか
- 何を譲れないのか。
会話の相性も、結婚の相性の一つだと知りました。
生活・性格・趣味嗜好の相性だけでなく、会話の相性も重要でした。
ただ、「結婚生活がまわること」自体も大切です。
だけど、心を削りながらするのもまた違うと思う。
どこまで自分が許容できて、
どこは譲れない=大事にしたいのか。
改めて、考えていく必要がありそうです。
それでは本日は以上です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!