以前、私は「依存される役割」に依存していたことを書いた。
今回は、依存される役割を降りるときの話。
役割を手放そうとしたとき、最初に出てくる恐怖

「必要とされなくなる」ことへの不安
長いこと、役割を持つことに依存して自己価値を見出してきた私にとって、役割を降りるということは容易ではなかった。
必要とされない場所、頼りにされない環境で、どう生きればいいか、振る舞えばいいか分からないことからくる不安が募ってきた。
役割を失った自分が空っぽに感じる理由
何も役割を持っていない自分になると、無価値のように感じて、虚無感が出てくる。
じゃあ自分には何があるんだろう。と落ち込む感覚に。
じゃあ何をすればいいの?
これからどうしたらいいの?
これまでと同じように「他の役割を探そうとする回路」が働き始める。
手放したいのに、体が拒否する感覚
その役割で居続けることは、
主体性を失い、
自分の感覚を抑圧し、
相手に迎合することになる。
それでは心身ともに壊すことになる。
という事実を身を持って体験してる。
だから、この役割はいつかやめなくちゃいけないと頭ではわかってるのにん、体がついてこない。
なぜ罪悪感が生まれるのか
「支えてきた」という事実が足かせになる
やめられない理由の1つに「強烈な罪悪感」が苛まれることが挙げられる。
これでいいのか?
悪いことをしてるのではないか?
見捨てたのではないか?
いつのまにか、その役割が自己像として認識するようになっていた。
だから、その役割をやめるということは「じゃあ自分は何なのか?」と混乱し見失うことに直結する。
相手も見捨てるような気がしてしまう心理
罪悪感が湧いてしまうと聞くと、相手のためを思っての行動のように見える。
ただ、私は「相手のためだけを思っての行動とは思えない」
相手のためを思ってるようで、
自分の中にある何かを守っているんだろうなと薄々気づいてはいた。
相手を見捨てるような気がしているけど、
今までその役割できた自分を見捨てる気がして、それが怖いのかもしれない。
この罪悪感は、相手を思う気持ちと、役割で自分を保ってきた自己像が、複雑に絡まり合って生まれている。
でも、その罪悪感は本当に”責任”なのか
それでも、救われてほしいのは事実。
父にも旦那にも身近にいる人にだって、嫌な思いをしてほしくない。
楽になってほしいし、
立ち直ってほしいし、
幸せになってほしい。
この気持ちは本当だけど。
同時に、私が支えることで・私が必要とされることで成立する物語にしたいと思っているようだ。
なぜ責任に見えてしまうのか?
本来は、選択したはずだ。
それがいつの間にか、義務に変わる。
これが役割依存の怖いところだと思う。
「支えたい」が「支えるべき」に変わり、
「手を差し伸べた」が「最後まで面倒を見る」という義務感に変わる。
こんな心理になると、役割を降りることが無責任に感じられる。
でも、旦那からそうしてくれなんて頼まれてもないのに。
依存を手放すプロセスは、どれもよく似ている

アルコール・ギャンブル依存との共通点
役割依存を自覚し、降りようと思った過程で「他の依存症との共通点」に気づいた。
アルコールやギャンブルもやめるときは、苦痛が伴う。
それらの依存症の人は、アルコールやギャンブルから得られる快楽で自分を保っていた面があるはずだから。
それを一時的に捨てないとやめられないから、辛いのだ。
恋人依存と役割依存が重なる場所
恋愛依存も同様。
「あなたがいないと」という依存は、「あなた(依存相手)のいる生活自体」に自己価値を見出してる。
そんな自分で居続けることで、自分を見失わないようにしてるのだ。
「辞めたいのに戻りたくなる」揺り戻し
アルコールも、ギャンブルも、恋人も、過食嘔吐の時だって、同じだと思うが。
最初の決意で辞められる人はいないだろう。
辞めたいのに、戻りたくなる(これまでの快楽を欲してしまう)
そんな気持ちの揺り戻しが起き始める。
それがとにかく辛くて、大変で。
だから、依存から抜け出すのは難しいのだろう。
自己価値を一点賭けしないために
ここで視点が一段ひく、自分の個人的な話から、構造の話へ
役割以外で自分を保つ場所を見つける
私が置いていた依存先は、過食嘔吐や役割。
そんな一点賭けに近いような状態だと、それを失った時に「自己崩壊」という大惨事を招いてしまう。
分散させることで、心は壊れにくくなる
一度、大崩壊しからこそ気づいたことがある。
分散させるといいのだ。
別にアルコールやギャンブルが「悪」だとも思わない。
文字通り、嗜好品(好きに嗜む品)として、楽しめて、コントロールできればいい。
飲まれなければ問題ない。
恋人だってそうだ。
孤独でいれることが体にいいわけではない。
誰かと一緒にいることは心を豊かにするけど、それだけに一点賭けさせないこと。
それが人生で一番大事なことな気がする。
同じことを繰り返せば、また心は全壊する
また、危うく役割依存を続けてしまうところだった。
父との関係を再演して、旦那との関係も「依存される役割にいること」で完結させようとしていた。
ただ、それでは「いつか父を見捨てた時のように、旦那にある日突然愛想をつかすだろう」
そして、また私は探し出す。
「新たな役割依存先」を求めて。
それでは、新卒のときのように心が崩壊する。
別の方法で、立てるようにならなければならない。
視野を広げて、いろんな世界があることを知って、
今の自分も悪くなくて、
肯定しすぎることなく、否定しすぎることもなく、
楽に暮らしていきたいなと思う。