私は長い間、「依存しない強さ」を身につけたいと思っていました。
誰にも頼らず、
振り回されず、
自分の足で立っていられる人間になりたい、と。
けれど、次第に違和感を持つようになります。
本当に、依存はすべて悪なのでしょうか?
そして、自立と依存は単純な対立関係なのでしょうか。
記事要約:「依存しない強さ」にこだわった結果、逆に不安定になっていた心理構造の話
「健全な依存」とは何なのか

依存=悪、という前提への違和感
依存という言葉には悪いイメージを抱く人もいるはずです。
私もそのひとりでした。
とくに嫌悪感が強かった私は、
ヒトにもモノにも執着しないように、
依存しないようにと、警戒しながら生きてきました。
けど、楽しそうに自立して豊かに暮らしてる人ほど、少し依存してるものがありように見えます。
誰しもが何かに依存して生きている
健康な心を持つ人も、どこかで何かに依存して生きていると知ったのは大人になってから。
それが趣味なこともあるし、
恋人や友人などの場合もあるし、
多かれ少なかれ、
人は誰しもが何かに依存してる。
それがむしろ健康なんだと気づく。
問題となるのは、程度です。
それは、極端に何にも依存してない自分もまた、”不安定な状態”であることを示していました。
私のしてた誤解
何にも依存してない自分は、
強いと思っていました。
でも、実際は違います。
誰にも頼らない状態は、
”崩れる先がない不安定さ”を作り出すから。
でも、自分は大丈夫。
そう思い続けられる。
崩れてから、このやり方には限界があったと気づきました。
依存で壊れるときに、起こること
一点集中の依存が生む不安定さ
依存で、心身が壊れるケースには特徴があります。
それは一点集中になりすぎた場合。
- アルコール
- ギャンブル
- 恋人や家族
一点集中してる依存対象が、失われる瞬間に自己崩壊が始まります。
依存を保持できている状態であれば自分を保つことができるが、失うと一気に崩壊するという不安定さを伴っています。
それは長期的な視点で見ると、非常に危険な状態です。
人間関係の依存は見えにくい
アルコールや薬物などの分かりやすい物質依存の場合は、症状としても広く知られていて、通院・治療法などもある程度確立されているため、周りからも気づかれやすい。
そして、本人も自覚しやすいと思う。
ただ、自覚が難しいのは人が絡む依存。
人が絡む依存の難点
物質依存よりも正当化されやすく、
本人たちは、ただの人間関係、
いいもの、健全なもの
そんな認識をしてる場合が多い。
ただ、心理構造としては、
物質依存も人間依存も変わりません。
そして、自己崩壊を招くことも同じです。
問題として自覚しづらい点が、
より厄介な部分だとすら感じます。
人間関係を断つことが「健全」とはいえない

依存をやめようとして孤立する危うさ
人への依存に対する難点を挙げたが、「では人間関係がない方がいいのか」というと、それは違うと思います。
それはそれで不健全だから。
先ほどもあげたように、程度が大切。
だからゼロにする(=完全に断つ)ことも不健全と言えます。
極端な選択をした私
私はそんな極端な選択をして、孤立へと向かっていった経験があります。
あの頃の私と今の私では、
今の方がヒトに依存してる関係が多い。
そして、今の方が健康な状態にあります。
人に頼らない=強い、ではない(弱みを見せることができる「本当の強さ」)
かつては、人に頼らないこと。
自分で解決すること。
これが、強さだと誤解していました。
他人に弱みを見せることができる方が、
本当は、よっぽど強いんですよね。
他人と向き合いながら、
関係を築ける人の方がよっぽど強い。
弱みを見せるためには、
弱みを自覚して、
それを曝け出す勇気も必要で、
誤解されたり・拒否されるリスクも背負って、
そんな必要があるから。
結構な気力が必要なんだよね。
完全な非依存は、むしろ不自然
誰にも頼らず、誰にも寄りかからず、
生きていこうとするのは不自然だし、
不可能です。
社会生活を送る上で、
完全に一人で生活できる人なんていない。
ご飯を買うにも、
店員さんとのちょっとしたやり取りは発生するし、
仕事だって、誰かとの関わりの上で成立する。
人間は社会的な生物だから。
依存するか・しないかではなく、
距離の取り方を考える必要があるんだ。
自立と依存は、本当に対立するものか
自立する人ほど、依存先が多い
健全な人との距離感について考え始めると、ある疑問が浮かんできます。
これまで"依存と自立は対義語"だと思っていたけど、それってどうかな?
その2つは、同時に存在する可能性があります。
なぜなら、精神的に自立してる人たちは「いくつかの依存先を抱えている」人ばかりだったから。
- 家族
- 仕事仲間
- 趣味
- 娯楽
- 嗜好品...
一つ一つへの依存程度は軽い。
でもきっと、トータルすると、
私が一点集中してた分の依存量ぐらいはあるのかも。
バランス良く、依存してる状態
そんな風に分散しながら依存してる人は、
重すぎることもなく、
失っても代替することができて、
全壊することがない。
折れない強さがあるため、しぶとさがある。
分かりやすい強さはないかもしれない。
けど、「自分を長く保ち続けるという点」においては非常に強い。
何事もバランスが大事とは、よく言ったものです。
そして、それは、人生において結構大事なことだとも感じる。
壊れないために必要な強さ

これまで求めていた強さ
私が20代前半までに求めていた強さは、
一人で完結する強さ、
誰も介させないことで成立する強さでした。
それは何にも依存しないで済む。
依存してる人への嫌悪感が、人一倍強かったんでしょう。
メンヘラな父と過ごす中で、
メンヘラな同級生の対応する中で、
「気持ち悪いもの」だと誤学習したのだろう。
気づくと、自分も、
一人でいることに依存していました。
すると、簡単に崩壊する精神状態が完成。
この生き方は、長く続かない。
今こそ欲しい強さ
これからは、バランスを取りながら、
視点を広げて、曖昧さを許容し、
自分以外の個体も知り、
そんなふうに適度な距離感で
人と繋がりを持ちながら生きていきたいです。
今までの自分の生き方とは大きく変わるため、
とても難しいことのように感じてしまいます。
けど、難しいことだからこそ、
できるようになった時に、
今までと全く違う感覚を味わうことができそうで、
楽しみにもしています。