先週末、ドラマ鑑賞会をした僕たち。
今回は、湊かなえ先生の作品「落日」を一気見しました。
以前見た「Nのために(原作:湊かなえ)」と同様に、人間心理が絡む内容となっているようで。
人が罪を犯す理由には、
その人の背景や想いが絡んでいる。
加害者のように見えて、
被害者でもあったり...
「人はなぜ加害者になるのか、その人は本当に加害者なのか?」という疑問が浮かんできたようです。
「人が罪を犯すとき」を描いた作品

- 連続ドラマW 「落日」
- 放送:WOWOW
- 全4話
- 原作:湊かなえ『落日』
- 出演:北川景子、吉岡里帆、久保史緒里、竹内涼真、黒木瞳 ほか...
簡単なあらすじ
このドラマは全4話で構成されており、15年前に起きた「笹塚町一家殺人事件」の背景にあった驚愕の真実が解き明かされていきます。
犯人は、その一家の息子。
妹を刺殺、その後、自宅に放火。両親と共に死に至らしめるという残忍な犯行内容でした。
本人も罪を認めているため、その判決を受けることが確定しています。
しかし、その事件の背景には明かされていない「真実」があるとか。
新人脚本家・甲斐千尋(吉岡里帆)と、映画監督・長谷部香(北川景子)が、その事件をもとにした作品を撮っていく中で事件の真相に迫っていくという内容です。
法廷では証言されない「本当の動機」

犯人も罪を認めているため、事件は解決してるように見えていました。
しかし、ここが本作品のポイントだと感じます。
「妹を刺殺、自宅に放火し、両親も死亡」という事実はあります。犯行動機は、「自分とは対照的にキラキラした生活を送る妹への恨みから」起こしたと自供。
しかし、真の動機は異なるものだと感じました。
法廷では明かされていません。
この事件は、本当の意味で解決してるのでしょうか?
作品を観ていくと明かされますが、真の動機はまったく違うものに見えました。
真相を突き止めることの難しさ
いじめられていた男子生徒が正義感の強い女子生徒から助けられたことにより強い好意を寄せ、デートや交際を迫るといったシーンがありました。
その女子生徒自身は、攻撃されている人を守りたいという一心で助けただけ。その男子生徒が好きだったからではありません。
しかし、その男子生徒は「自分を好いてくれているからだ」と誤解。彼女に告白しますが、拒絶されてしまいます。
後日、「許してください、〇〇さん」と書かれた遺書を残して、その男性生徒は自殺してしまいます。
女性生徒に拒絶されたショックで命を絶ったのだと激怒した母親が殴り込んでくる。ただ、本当の理由は、母親からの強い期待・プレッシャーに押しつぶされたことだと明かされていきます。
こんな風に、
自分の心を守ることだけで精一杯な親だっている。
同級生の死を自分のせいだと自責の念に駆られてしまう子がいる。
その人の特性・気質・生育環境・理解力...などいろんなものが違いすぎるため、真相に辿り着くことが難しくなるのでしょう。
被害者にも、加害者にも背景がある

人格形成に大きな影響を与えるモノ
この作品では、被害者・加害者、それぞれに背景がありました。
家庭環境で受けた傷を抱えた子、
その家庭の親でさえ、
昔は被害を受けた子だったり。
それぞれ性格も異なるから、
同じ経験をしても感じ方はまるで違って。
ただ、家庭環境は人格形成に大きな影響を与えるのだろうなと、この作品を見て改めて感じました。
同じ親から生まれた兄妹でも、
置かれる境遇は異なることもあり、
抱く葛藤は本当にそれぞれだと。
その人の人格により異なる「葛藤」
映画監督・長谷部香は、背負わなくていい罪を、自責の念に駆られて感じ過ぎてしまう性格のように見受けられました。
一方で、自分のせいで息子が自殺したことを認められず、誰かのせいにする人もいる。
誰が、被害者で、
誰が本当の加害者なのか
本当に分からなくなってきます。
環境だけでなく、その人の持つ「気質・性格・特性」などの影響も大きいようです。
やっぱり極悪人は出なかった
前回一気見鑑賞会をした「Nのために」と同様に、今回の作品にも極悪人は登場しませんでした。
「この人がいちばん嫌だ」といった個人的な感想を持つことはできるけど、どう感じるかは人によって違うんだろうなと思います。
たにと僕でも感想は違うだろうね
湊かなえ先生が描く"生々しい人間味"
湊かなえ先生の作品では、
凄惨な事件が起きるのに、
極悪人と呼べる人はおらず、
完全な善人が出てくることもありません。
人間が不完全であることや、そんな中でも必死に生きいてる姿が尊いことが描かれている。
それが、どこか生々しくて。
見るのが辛くなることもあります。
被害者は必ずしも、善人ではない
この作品の、被害者には、被害者自身が持つ攻撃性や人間としての弱さ・愚かさがありました。
しかし、だからといって命を奪われていいわけではありません。
けど、これまでの被害者の言動が、加害者の衝動を強める要因の一つになったように思えます。
報いと感じてしまう人間心理
だから、被害者の死を「当然の報いだ」と感じてしまうこともあるでしょう。
なぜなら僕も少し、そう思ってしまうから。
そんな行動をとっているから、
そうなるんだよ。って
それでも、罪は罪。
被害者になったからといって、
加害者になっていい理由にはならないんです。
超えてはならない線を、踏み越えないことが大切なんです。
けど、それが難しいこともよくわかります。
じゃあ、どうしたらいいのだろう
本当に、加害者にならずにいられる?

ただ、ここで疑問が浮かびます。
どうやったら、加害者にならずに済むのでしょう。
被害者の受けた傷やトラウマは大きなもので、簡単に乗り越えることは出来ないような気がしてなりません。
ねぐちの場合
僕の家庭環境は、少し歪でした。
全てを人のせいにする「父親」が家庭内で暴れる日々。
自責の念が強かった僕は、全てを自分が原因だと考えて、父が望む答えを出すことだけを考えて暮らしていました。
その間に、強い怒りや恨みを抱いことは何度もあります。
どうにかしてやりたいと。
本気で思ったこともある。
それでも行動には移しませんでした。
どうやら、加害者にならずに済んだようです。
でも、それはどうしてでしょう。
自分の未来は明るい、と信じて
綺麗事かもしれませんが、父と同じ人間になりたくなかったんです。
それに、僕の未来は明るいことも知っていた。
父以外にもたくさん大人はいます。
大人の人たちは、よく「若くていいね」「未来が明るいね」と声をかけてくれました。
だから、きっとそうなんだと信じていた。
可能性があるんだと。
父は、ずっと他人のせいにして生きてきた人だから、すぐに改善するのは難しい。
けど、僕は幼いからこその柔軟さがあるから。
これからの未来があるから。
罪を犯して、刑務所に入るのは勿体無い!と本気で思っていました。
だから、ああはならない。
と強く誓って生きてきたような気がします。
自責の念が強かったせいで、負わなくていい責任まで受けてきました。
しかし、自責の念が強かったおかげで、自分の人生や言動に責任を持つ癖もついた。
これが、僕の抱える背景であり、加害者にならずに済んだ理由かなと感じています。
落日が教えてくれたこと
残酷なようで、温かい世界

極悪人がいないように、
完璧な善人もまた少ない。
世界は残酷なように見えて、
驚くほど温かいことがある。
これは、作品を見て感じたことでもありますし、生きてきた中で実感してることでもあります。
人格は、掛け算で作られる

人格形成には、いろんな要素が絡まってきます。家庭環境、人格形成、本人の気質...この他にも、いろんな要素の掛け算で作られるもの。
一つの要素がいいから良くなるわけでもない。
マイナスがないからといって、いい結果になるわけでもない。
その人がどんな人か。
これを解き明かすことは容易じゃありません。
でも、だから面白くて追求することをやめられないんだよな。
としみじみしてる”ねぐち”でした。